|第51回本公演|
◎「寺山修司シナリオ集」より◎
サード
―このシナリオは野球用語で書かれる―
◎寺山修司シナリオ集より◎
―このシナリオは野球用語で書かれる―
今回 初の舞台化。
映画は1978年3月25日封切。幻燈社・ATG提携作品。120分。
監督・東陽一(もう頬づえはつかない等)
主演・永島敏行
演劇実験室◎天井棧敷からは、音楽・田中未知、出演・根本豊、若松武などが参加。
万引き常習、放火、窃盗……殺人など、罪を犯した少年たちが入れられた少年院
彼らは何故罪を犯したのか?
彼ら自身にもわからない衝動、鬱屈した黒い闇
更正か?反逆か?
現実か幻想か? 現実か逃避か?
九月の土地とは何か?
暴行◎傷害◎脅迫◎恐喝◎万引き◎
詐欺◎横領◎強盗◎強制猥褻◎窃盗
◎放火◎強姦◎殺人◎短歌◎アキラ
◎とべちん◎宗教家◎オシ◎小指◎
異論◎漢字◎サード◎UB◎新聞部
◎テニス部◎どもり◎ホモ◎ねこま
【少年法】
未成年者には成人同様の刑事処分を下すのではなく、
原則として、家庭裁判所により保護厚生のための処置を下す事を規定する。
ただし家庭裁判所の判断により検察に逆送し刑事裁判に付さしめることもできるが、
その場合においても、不定刑期や量刑の緩和など、様々な配慮を規定している。
なお少年に対してこのような規定をおくのは、
未成年者の人格の可逆性に着目しているためとされている。
事件の状況や少年の発達状態に合わせて扱い方を変え、
その少年を罰するよりも、
その少年が反省をして立ち直るための工夫をしなければいけないと決めている。
これを少年法の保護主義あるいは保護処分と呼ぶ。
◎友がみなわれよりえらく見ゆる日よ ほそくみじかき大便をする
◎おふくろの味とみんなは言うけれど ときにはヤバイ味噌汁もある
◎女にはもてぬときめたその日から なぜか気になる男の…男の…「あそこ」
◎青春を青い春とは書くけれど ただひたすらに揺れるものかな
◎春の夜の電柱に身をよせて思う 人を殺した人のまごころ
かみ合わない討論会のためのレジュメ
(1)母親の愛で飛行はふせげるか?
(2)劣等感はほんとに犯罪を誘発するのか?
(3)家庭の貧困は、非行少年の原因たりえるか?
(4)父親、または母親の再婚と非行の関係について。
(5)他人を馬鹿にする人間と、他人から馬鹿にされる人間とではどちらが非行に走りやすいか?
(6)非行とは、一体何か?その具体的内容は?
(7)非行を金で阻止する方法はあるか?
(8)非行少年を救うためには、女の愛と母の愛のどちらが強いか?
(9)人は、どこまで非行少年のために手を貸してやることができるかということについて具体的に。
(10)絶対に矯正できない非行少年はいるか?
(11)「ああ無情」は非行少年のバイブルになり得るか?
◎「おれは死んだら、じぶんで穴をほって、じぶんの死体を九月の土地に埋めるのさ」
◎都市は巨大なグランドで、すべての市民は野手である。うまく「まわりこまなければ」刺されるだろう。
◎「きみたちは法をおかしたんだ。それはまぎれもない事実だ」
◎盗塁…相手の野手の目を盗んで塁を一つ進むこと。タイミング、走力、そしてするどいカンが要求される。野手にタッチされると、それは「死」である。
◎「一枚目の白紙に、おれたちは時刻表と書いた。二枚目の白紙は地図だ」
◎「男は売買のできない品物である。魂だけが、いくらかになる。たぶん、五百円くらいの値打ちはあるだろう」
◎映画にサード・マンてのがあって、それは「第三の男」だったんだよね。第三の男。お呼びじゃない三人目。ちょっと、こう、ひねた感じがいいじゃん。彼氏と彼女とそしてサード・マン。被害者と加害者と、そしてサード・マン。つまりさ、いてもいなくてもいい男、つうことかもしれないんだけどね。そのくせなぜかいつも「待たれている男」でもあるわけよ。